山田昌弘著「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ 」2020年 (その3)

 山田昌弘著「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ 」2020年 (その1~2)を丁寧に読んでくださった○○氏からメールを頂いた。以下はその返信です。

○○さま
 詳細なご検討を頂き大変有難うございました。
この本の特徴として私が記したことの多くが実は、社会学という学問の特徴に帰すべきではないかというご意見かと読ませて頂きました。
 そういう面が確かにあると思いました。ただ、社会学が政策提言力に弱いという点については、「日本の社会学が」と言う方が正しいのではないかと感じました。

 ○○様のメールを読ませて頂いた時に真っ先に思い浮かべたのは、2011年3.11から始まった福島1F原発事故を受けて、2011年4月にドイツのメルケル首相が招へいした「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」でした。

http://www.sc.social.env.nagoya-u.ac.jp/achieves/reports/ethikkommision

 この会議は17名の委員で構成されていましたが、8名が学識経験者、うち2名が社会学者(他の学識経験者は、工学・生物学・地質学・哲学・経済学・政治学の専門家が各1名計6名)でした。リスク社会論の世界的権威ウルリッヒ・ベックが委員にいることを差し引いても、ドイツに於ける社会学の権威はすごく高く、最高位の政策意思決定においても、重要な役割を与えられています(さすがマックス・ウエーバーの国です)。

 翻って事故当事者の日本はどうだったか。2011年10月から始まった「総合資源エネルギー調査会基本問題委員会」、25名の委員のうち社会学はゼロ、学識経験者のほとんどが経済学で、工学系を含めて御用学者がずらり。委員長は新日鉄の会長だし。それでもNPOや生協が複数入ったのは民主党政権だったからでしょう。

https://www.env.go.jp/council/content/i_05/900423639.pdf

 

 これからの原発をどうするかを政府に提言する最高位の委員会のメンバーをみれば、ドイツと日本の結論がどうなるかは自明です。勿論人事選考だけの問題ではないのは当然で、ドイツの結論を決定づけその後も継続された最大の理由は「緑の党」の存在です。もし将来も原発温存というような結論が出れば、CDUやSPDは次回選挙で敗北し「緑の党」が大躍進すると言われていました。

https://www.rikkyo.ac.jp/research/institute/ipcs/mknpps000001xp3c-att/newsletter13.pdf

 

 それはともかく、政策提言能力は学問の特性で決まるものではない、と思います。
日本の政府審議会では、官僚の作文を権威づけるために、学識経験者が招へいされている。官僚が大変革など提案できるわけもなく、現行利益配分を変えない効率性追求型政策(パレート最適)が重要となります。もう一方にはイデオロギー的な価値観追及型法案の審議があります。両者の委員会・審議会での政策提言において、社会学の出番は当分ないだろうと思います。 

山田昌弘著「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ 」2020年 (その2)

 本書の論旨を下記に要約しました。要約にあたっては、論旨のメインストリートだけを抽出することに努めました。しかし削ぎ落した枝葉としての、少子化の原因と対策に関する、東アジアの状況・欧米の状況・日本の状況の歴史的経緯・沖縄論など、はとても面白く、また本筋の論旨を補強しています。ぜひ本を手に取って全体をお読みになることをお勧めします。

 

1.政府による少子化対策は必要なのか

 出生率を上げる政策は「すべきでない」という次のような意見がある。

(1)結婚・出産 は 個人的なものだから国家は介入すべきでない。これは「反国家主義イデオロギー」基づく考え方からくる。

(2)個人のために国がお金をかけるべきでない。出産を奨励するためにお金を使う くらいくらいなら、移民を積極的に導入すべきだ。

 これらに対する著者の考えは、

(1)現実に「結婚したい、子どもを産み育てたい」という若者は圧倒的に多い。 彼ら の希望をかなえることが、同時に持続可能な社会を作るものであるなら、それを政府や 社会が後押しすることが必要 だ 。

(2)社会の中で、「親密な相手を得る、子どもを持つ」という、人間にとって基本的 と思える欲求を満たすことが 困難になっている人に、社会的支援を行なうのは、仕事がない人に就職支援をするのと同じく、必要 な こと だ。

 

2.日本の絶対的多数の若者の姿とは

 私は、社会学者として、アンケートからインタビューにいたる まで、 家族や若者に関する 様々な調査に携わってきた。未婚者の調査をする中で、日本の未婚 者は欧米の ように1人暮らしではなく、大多数は親と同居していることを見いだした(『 パラサイト・シングル の 時代』 ちくま新書 1999年)

 また、フリーターなど非正規雇用者を調査する中で、非正規雇用者の男性は結婚をあきらめ、非正規の女性はとにかく収入の安定した男性と結婚したいという願望が強いことが分かった(『 希望 格差社会筑摩書房2004年)

 さらに、出会いがなく、結婚相手を探すために様々な努力をしている未婚者たちの存在に気づき、その活動を「結婚活動」、略して「婚活」と名付けた(『「 婚活」 時代』 ディスカバー携書 2008年)

 いずれも、従来、当たり前のこととして言わ れてきた「独身 者は1人暮らしである」「愛情があれば結婚するはずである」「交際 相手を見つけるのは 簡単である」といった認識が、事実とはかけ離れ ていることを指摘してきたつもりである。

 たぶん、これらの従来の誤った認識 も、「大卒、大都市居住、大企業勤務」という 前提のもとに作り上げられたものだ。たしかに、大都市部では、地方に比べれば男女とも1人暮らしの独身者が多い。そして、大卒、大企業勤務の男性であれば、結婚にあたって自分や相手の経済力を気にすることはなく、愛情の有無のみで選ぶことは可能だろ う。そして、人口が多い大都市部では異性の独身者と出会う機会は多いのである。しかし、地方では、1人暮らしの未婚者はとても少ない。結婚後の生活を考えると、非正規雇用者の男性を結婚相手に選ぶ女性は少ない。地方では、そもそも独身者の絶対数が少ない上に、出会う機会が乏しい。

 もちろん、1人暮らしで、周りに独身の異性が多い環境に置かれている「大卒、大都市居住、大企業勤務」の未婚者は存在する。しかし、日本の若者全体から見れば、絶対的少数なのだ。繰り返し述べる が、「大卒でなかったり、地方在住 だったり、中小企業勤務や非正規雇用者( プラス自営業の跡継ぎや家族従業者も加えてもよい)」 の置かれた状況や態度、意識などを中心に考え ないと、少子化対策どころか、日本の 少子化の実態を理解することさえもでき ない。

 

3. 少子化の直接の原因に関する「誤解と過ち」  

 先に述べたように、誤った認識に基づいて調査、分析、そして、政策がなされたため、日本社会の多くの識者、政策担当者は、長い間、日本の少子化の原因に関わる重大 な2つの要因を見過ごしてきた。それ が、「未婚化」と「若者の経済力の格差拡大」 という要因である。その背景には、政策担当者たちが「欧米中心主義的発想」に立って いたため、結婚に関わる日本社会特有の状況、意識、価値観などを見落としてきたこと がある。

 

第一の要因:「未婚化」、つまり結婚する人の減少

 全ての若者が結婚して、この前提(結婚したら平均2人産む)を当てはめれば、日本 の合計特殊出生率は、2を上回っていたはずである。しかし、日本では、未婚者はほとんど子どもを持たない(数値は後述する)。ゆえに、結婚しない人が増える、すなわち、未婚率が上昇すれば、日本の合計特殊出生率は下がる。 

 つまり、保育所が不足していようが、育児休業がなかろうが、夫が家事・育児を手伝わなかろうが、2005年くらいまでは、既婚女性は平均2人、子どもを産み育ててき たのである。

 一方で、たとえ保育所を増やし、育児休業制度を作り、夫が家事を手伝うようになっ ても、「結婚していない女性」にとっては何の意味もない。

 第二の要因:結婚や子育ての「経済的側面」

 ここにも、「どんな条件でも愛があれば結婚するはず」「どんな条件でも子どもが好きなら産むはず」という、欧米中心主義的発想がかいまみえる。たしかに、欧米諸国では、そのような 前提を置いてもかまわないだろう。しかし、日本社会では、たとえ愛があっても、子どもが好きでも、経済的条件が整わなければ、結婚や出産に踏み切ら ない人が多数派 なの だ。

 若者の中で収入の安定している人は結婚したり自立しており、一方、収入が低い独身 の若者の多くは、親と同居しているがゆえに、中流生活を送ることができている。つまり、若者は、現在、中流意識を持っている。しかし、中高年で「中流から転落している人たち」を目の当たりにしている。そうならないために、結婚や子どもを持つことに慎重になっている。

 

4.日本の少子化の根底にあるものー若者の「中流転落不安」

 

タイプ ① 親の生活が豊かであり、自分も将来にわたって、結婚して子どもを持っても 親以上の生活水準が保てる見通しがある若者は、「子どもにつらい思いをさせるリスク が少ない」と考えるので、結婚し、子どもを2、3人産み育てるだろ う。基本的には、 安定した企業の正社員や公務員、専門職などで、収入が終身安定していると思われる男性、そして、彼らと結婚した女性である(女性が正規雇用であれば、なおのこと不安は 少ない)。もちろん、男女が逆のパターンもあるが、数は少ない。ただ、このタイプの 若者 は、1990 年代以降、徐々に減少している。それは、若者の正社員率の減少、 そして、1997 年のアジア金融危機、2008 年のリーマンショック いうように、 大手企業でさえも倒産する可能性があるという不安意識が高まったのも一因である。 それゆえ、女性は、より安定した職業の男性を配偶者に求めるようになるのだ。そして、 この 傾向は、近年、強まっていることは あっても、弱まっていない。  

タイプ ② 親の生活水準が高いが、将来、親以上の 生活水準に達する見込みがない若者は、結婚や出産を控えようとする。親と同居している非正規雇用や収入が不安定な未婚者、1人暮らしでもぎりぎりで生活している人たちも 含む。既婚者であれば、配偶者 がいても、将来の収入面で不安があり、子どもを十分な(つまり、自分が育った以上の)経済環境で育てることが難しい人たちで、彼らはつまり、「子どもにつらい思いをさせる」リスクを避けようと、子どもの数を理想より少なくするので ある。男性であれ ば、自分の収入では、結婚したり、子どもをもうけたとたん、親以下の生活水準になる のは目に見えているから、結婚や子どもを育てることを控える。女性であれば、 収入の 安定した男性が見つからないゆえに、結婚でき ない。若者の中で、彼らが占める割合が 増大していることが、マクロ的にいえ ば、少子化の原因である。

 

タイプ ③ 親の生活はあまり豊かでない が、自分の将来の生活は中流になれる期待が あるというタイプは、高度成長期に一般的だった。だから、高度成長期には、結婚は早く、そして、出産意欲も旺盛だったのである。このタイプに属する若者は、日本社会が 中流化する1980年頃には、ほとんどいなくなってしまう。豊かでない50代、60代の 親が増えてくると、この層の若者が増えてくる 可能性がある。ただ、収入が不安定な 男性は未婚者が多く、子どもをもうけていないので、やはりこの層はそれほど多くは増えないと予測できる。

 

タイプ ④ 親の生活が豊かでない若者は、そもそも結婚生活や子育てに高い水準は求め ない。親と同居するメリットがないので、同棲、結婚のハードルは低い。それゆえ、将来中流生活になる見通しが持てなくても、子どもは生まれてくる。自分が育ってきた生活水準が低いので、「子どもにつらい思いをさせる」という意識を持たなくてすむからである。本章第1節の余談の中で触れたように、これが沖縄の若者によく見られる状況 だと思われる。ただ、日本社会全体で見ると、今現在( 2020 年)の若者の50 代、 60代の親、つまり、1950 ~ 70 年生まれの親世代の生活 状況は、それほど悪くない。つまり、男性会社員の終身雇用、年功序列が比較的守られた最後の世代にあたる。 だから、タイプ④の若者は、今はそれほど 多く ない。しかし、これから「格差社会」 が進展して、あまり豊かでない50代、60代の親が増えてくると、この層の若者が増えて くる可能性がある。ただ、収入が不安定な男性は未婚者が多く、子どもをもうけていないので、やはりこの 層はそれほど多くは増えないと予測 できる。しかし格差がさらに拡大して「階級社会」になると...(次節参照)。

 

結論 「親 が比較的豊かな生活水準を保っている」のに、「自分が将来築ける生活は 親の水準にも達しない」と考えている 若者たち、つまり、前節で見たタイプ ② の若者 たちの増大が、少子化をもたらしている。もし、出生率を上げる対策をとりたいなら ば、この層に働きかけることが、日本の少子化対策の中心であるべきである。

 

5.有効な少子化対策

 

(1)何もしないという「対策」

「(親の生活水準)>(子が親になった時の生活水準)が続けば、このまま放置しておいても出生率はやがて回復するはずだ」という見解がある。

 それ は、資料 31におけるタイプ ④の若者、つまり、親の生活が豊かでないがゆえに、自分も豊かでない結婚、子育て生活でもかまわないという層が増えるというシナリオである。

  つまり、 格差社会が進展し、格差が若者だけでなく、中高年に及ぶようになると、「階級社会」、つまり、豊かな親から生まれた若者は、豊かな生活が期待できるために 結婚し子どもを持つ、そして、豊かでない親の子は、豊かな生活を築けないけれども、 結婚生活や子育てに期待する水準が低いので、結婚、もしくは同棲し、子どもを持つ。

 社会が分断され、中流の人は中流の人と結婚し、下層の人は下層同士で結婚する。日本社会全体が、 図で言うタイプ ① とタイプ ④ の若者に分かれ ていく。つまり、現在は、親世代が中流だが、子ども世代が階級分解している最中であるがために、少子化が 起きているが、階級社会が完成すれ ば、少子化は解消するというロジックである。

 

(2) 困難だが望ましい社会へ

 将来の日本が、このように分断した社会にならないように、少子化対策を進めるべき ということであるが、それははたして可能なのだろうか。

 日本での少子化対策、つまり、「親が比較的豊かな生活水準を保っている」のに「自分が将来築ける生活は親の水準にも達しない」 と考えている若者たちに働きかけるには、2つの方策がある。

① 結婚して子どもを 2、3人育てても、親並みの生活水準(子育て水準を含む)を維持できるという期待を持たせるようにする。

② 親並みの生活水準に達することを諦めてもらい、結婚、子育てをする方を優先する ようにする。  

 前者は、経済状況、階層のあり方を大きく変えることである。若者 は、上の世代を見 ている。10年前に非正規雇用になった若者、不安定な中で子育てをしている中年世代、 そして、貧困化する高齢者を見ている。そうならないために、結婚や出産に慎重になっ ているのだ。仕事においてやり直しがきい て、不利にならない職業環境、共働きがし やすい社会環境、いざとなったときには社会保障で自立に向かっての再スタートが切れる社会。それは、「子どもにつらい思いをさせなくて済む」生活水準でなければならない。

 後者は、若者の意識、というより、日本人が多く持つ、「リスク回避意識」「世間体 意識」を変えることで ある。世間体を気にせず、家族を形成して、自分たちなりの幸せ を追求しようとする若者も現れてきている。 こうした若者たちが生きやすくなるよう、 国や自治体が、彼らに対する生活の支援策を行なうことも、必要である。

 

山田昌弘著「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ 」2020年 (その1)

 なにかと話題の「日本の少子化」問題ですが、少子化対策を知る上での必読書として、下記の本を紹介します。
 山田昌弘著「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ 」(光文社新書) 2020年
https://www.amazon.co.jp/dp/4334044689

 この本の特徴は
(1)少子化の原因を愚直なまでに究明
 著者は「少子化」そのものにフォーカスします。これは「多くの若者が子供を持つことを望んでおり、その希望を実現できる社会が、若者の幸福と人権を保証するものだ」という信念に基づくものです。
 だから「少子化」が社会に及ぼす影響(例えば経済や道徳など)やそれらへの影響を緩和する対策(例えば移民政策とかロボット開発など)については、著者の目的とは関係が無いので全く触れません。実に清々しい態度です。

(2)望ましいが多大なコストを必要とする対策を提示
 上記(1)の裏返しですが、原因対策に特化して目的外の緩和対策はしないのですから、制度と意識の大変革が必要で、対策は長期にわたり累計コストは多大となるでしょう。一方成果は例えば20年後に顕在化するというような代物です。
 このような政策を国民は我慢するでしょうか。3年で担当が変わる官僚や4年で選挙がある政治家が、このような対策を主導するでしょうか。多くの国民は、若者の幸福や人権はどうでもよいから、少子化でも困らない社会を安上がりに作ってくれと言うかもしれません。

(3)このまま放置(対策なし)でも出生率が回復する可能性を指摘
 著者はこのような可能性を指摘しています。ただしディストピアとしての「階級社会」において成立する現象でです。こうなりたくないから(2)の「望ましい対策」が必要なのだと著者は主張します。ただこの対策放置コースが日本の現実的可能性として一番高いのではないかと思うのです、もちろんこんな社会に生きたくないのですが。

 なお、この場合国民の多数を占める下層階級に上昇志向はないので、上昇志向のある移民の導入が経済政策上必須でしょう。ただしこのような日本にこのような移民が来てくれるかはまた別問題ですが。

(4)判り易い文章と判り難い理路
 言葉は平易であり著者の言いたいことは良く判ります。しかし枝葉やエピソードが多く、同じことの繰り返しも多いため理路や起承転結が判然としません。そこで無味乾燥な要約を作ってみて初めて、著者がこの本全体として言いたかったことが理解できました(別記事を参照)。

(5)著者の思想的背景
 欧米的近代より東アジア的伝統への親近感、ポリティカルコレクトより身も蓋もない現実認識、エリート的都市民より物言わぬ地方民への愛着、このようなテーストつまり良質な保守思想を感じさせる本でした。